虚ろな意識の中で重さを感じ、何かがぼくの上に重なっていると気づいた。脱力している身体の中で、下腹部だけが優しい刺激を受けて張り詰めている。やがて堪え切れなくなって放出すると、待っていたかのように受け止められた。
身体中を撫でられ、ぼくは姿勢を変えられた。耳元で囁きが聞こえる。
背後から抱かれ、何かをされようとしている。何となく状況は理解できたが、抗う力も出ない。
「ノー、止めてくれ」
小さく口を動かした。
その後のことはよく覚えていない。彼とは、サンセット大通りで知り合った。
◇――
ぼくは傷心旅行でロサンゼルスに来ていた。ハリウッドの外れにあるホテルにチェックインをして街に出かけた。チャイニーズ・シアターでSF映画を見た後、バーガーキングでチーズバーガーセットを食べる。お陰でお腹は満足したが、まだホテルに戻る気にはならない。
そのままブラブラとサンセット大通りの外れを歩いていた。良い天気で乾燥した爽やかな風が吹いている。雑貨屋を覗き、今度は反対側の小さな店に入ろうと信号が変わるのを待った。そのとき、誰かに声をかけられたような気がした。
振り返ると交差点の手前の駐車スペースに一台の車が停まっていた。車名は知らないが見るからに高級なスポーツカーだった。
車の横を歩き過ぎようとする。そのとき、窓越しに大柄な背広姿の白人男性が、車の中からぼくに話しかけてきた。
ぼくもそれなりに英語はできるつもりだが、早口で何を言われたのかよく聞き取れなかった。雰囲気的には何か場所を探しているようだった。
その車に近付き、彼に聞き取れなかったことを伝え、観光で来ているから道を訊ねられても分からないと応えた。すると驚いたようで彼は窓から身を乗り出した。どうやら彼は、ぼくをロス在住の日系人と思っていたようだった。
彼は不思議そうな顔をしていた。
『どうしてこんな外れた場所を一人で歩いているのか?』
今度はゆっくりした口調で訊ねてきた。確かにここは観光スポットではない。
『理由はない。散歩をしていただけだ』
そう答えると、次は滞在しているホテルを聞いてきたのでホテル名を教えた。
『日本人の観光で、あんなホテルを使うのか』
彼は驚いていた。
彼は、自分は仕事で日本に何回も行っていて、今も大学に通う日本人のホームステイの学生と暮らしていると話した。それから暫く彼の知る日本について会話した。
『何も予定がないのなら、用事が片付いた後に車で市内を案内しても良い』
彼が提案してきた。
ぼくはその場で少し考えた。彼は陽気な中年男性で、その親切そうな笑顔は演技に思えない。彼が仕事の途中だと思い、そのことを訊ねた。
『何も問題はない』
彼は笑顔で答えた。
ロス観光は陽気なアメリカ人がガイドだった。彼は映画で使われた名所やローズボール、ドジャースタジアムなどを面白い解説付きで案内してくれた。最初は不安もあったが、途中から彼のペースに馴れて楽しい観光になった。
旅行先で不用意に他人の車に乗るのが危険だというのは、十分承知している。しかし、好奇心の方が勝っていたし、投げ遣りな気持ちも強かった。それにどう考えても彼は裕福そうなので、身包み剥がされることはないと思った。
コンビニで缶ビールを買い、グリフィス天文台に向かった。車から降りて市街を見下ろすと、夕焼けに覆われた町並みが映画の一場面のように鮮やかに映えていた。
ぼくたちはグリフィス公園のベンチに座り、よく冷えた缶ビールを開けて乾杯した。彼がロサンゼルスに来た目的を訊ねてきた。
ぼくは彼に話すべきか迷ったが、これも失恋の清算の一つだと思って話すことにした。失恋までの半年の出来事を彼に伝え、それを忘れるためにロサンゼルスに来たと答えた。
ぼくの失恋相手は、ウインドサーフィンをしていて知り合った美大の学生だった。暫く連絡が取れなくなって気になっていた。招待されていた大学の学祭に行くと、ぼくがモデルと思えるウインドサーフィンの絵が展示されていた。しかし彼女自身はどこにもいない。ぼくは彼女が事故で亡くなっていたのを後から知った。
彼は彼女のために祈り、ぼくに同情して心配してくれた。彼はぼくに日本を出てロサンゼルスで暮らせば良いと勧めた。
『悪くないね』
ぼくは応えた。
彼は真剣な顔で缶ビールを掲げて再び乾杯を促した。
『クソッタレ!』
『今夜の出会いに乾杯!』
『ロスにようこそ!』
何度も叫びながらビールを飲んだ。
メルローズアベニューのレストランで夕食をご馳走になり、その後で彼から家に来ないかと誘われた。
『ホテルに戻るのが大変だから』
と応えたが、結局は彼の説得に負けてしまった。