第1章 現代編:新谷真希の観察日記

第5話 紐解けたキリシタンの日記


20XX年9月7日

 

 今日は大学に出勤。京都への出張と休日があったので久々だ。研究室に入ると、知らない人たちがいて、研究室には熱気が溢れていた。朝寝坊の筈の澄川先生も、既に研究室にいるようだった。

 

 奥を見ると、テーブルに置かれた書物に澄川先生や他の人たちが熱い視線を送っていた。先生たちは夢中になっていて、私に全く気づいていなかった。

 

「先生、おはようございます」

 

 私は奥に行って声をかけた。一斉に視線が私に向いた。

 

「おお、真希ちゃん、おはよう。ここにいるのは、研究室の学生だ。連絡をしたら是非見たいと言って、朝から集まって来たんだ」

 

「そうなんですね。澄川先生の助手となった新谷真希です。よろしくお願いします」

 

「真希ちゃん、これが京都で見つかった書物だよ。内容が何か、楽しみだろう?」

 

 澄川先生がニッコリ笑った。

 

「はい、もう待ちきれないです。何が書いてあるんでしょうね?」

 

 私も自分が関わった発見なので期待でいっぱいだった。

 

「保存状態は悪くないし、かなりの文字は判別できそうだけど、まだこれからだね。また真希ちゃんの力がきっと必要になるよ」

 

 先生がそう言うと、学生さんたちが私を見てとても感心していた。私がいない間に、先生は私のことをどう話していたのだろう?

 

 私は学生さんたちに挨拶をしてから、京都出張の事務処理をはじめた。経費の精算と出張報告を二人分しなければならない。

 

 事務処理が終わった頃だった。研究室の扉が開き、中に入ってきたのは、美しい女性だった。彼女は澄川先生に微笑みかけながら、私の方を向いて軽く頷いた。

 

「久しぶり、澄川。彼女が新しい助手の新谷さんかしら?」

 

「ああ、久しぶりだね、由紀子。そう、タイムカプセルの場所を当てた真希ちゃんだ」

 

 澄川先生は少しだけ硬い表情で応えた。

 

「由紀子さん、ですか。初めまして、新谷真希です」

 

 私はお辞儀をして自己紹介した。

 

「由紀子は俺の元妻で、かつては一緒に研究していたんだ。多分、このプロジェクトに参加してもらうことになる」

 

 由紀子さんが応接用の椅子に座った後、短い沈黙が流れる。澄川先生も椅子に座った。私はコーヒーを淹れて、二人に渡した。

 

「ありがとう。正式には決定していないけど、よろしくね」

 

「はい。よろしくお願いします」

 

 私はそう答えてから澄川先生の横に座った。

 

「それにしても、急な連絡だったから驚いちゃった。いきなりの大発見ね。プロジェクトに参加するのは、私でいいの?」

 

「ああ、由紀子の専門分野だろ」

 

「ありがとう。あの時はどちらからも譲れなかったけれど、今はどうなんでしょうね?」

 

 由紀子さんが微笑んで言った。

 

「そうだね、人それぞれ成長するから」

 

 澄川先生も緊張を解して笑い返した。二人にしかわからない会話だった。

 

 その後、由紀子さんと私が2人きりになる機会ができた。

 

「澄川とよりを戻すつもりはないから、安心してね」

 

 由紀子さんが優しく微笑んだ。

 

「いえ、私と澄川先生はそんな関係じゃないですから。まだ助手になったばかりですし……」

 

「冗談よ」

 

 そう言う由紀子さんの目が怖かった。

 

 今日の一言:

 澄川先生がバツイチだとわかった。先生と由紀子さんは、学生時代からの仲で、似た者同士だったらしい。相性は良かったけれど、お互いに主張を譲らず、段々とぶつかり合うようになり、別れてしまったと言っていた。まぁ、私には関係のないことだけど……

 

 次の日の予定:

 明日はプロジェクトの立ち上げに向けた準備。研究対象は目の前にあるのだけれど、ちゃんと活動をするには予算やら体制やらを決める必要がある。でも、準備で何をするのか全くわからない。引継ぎの書類に書いてあったかな?

 

――――――――――――――――――――

20XX年9月16日

 

 今日も調査プロジェクトの事務処理やら広報で、ほとんど研究室の外で仕事をしていた。調査自体にも興味はあるが、裏方の仕事も大事なので仕方がない。

 

 夕方、研究室に戻ると、澄川先生と由紀子さんの二人がいた。私の意見を聞きたいということで、撮影された書物の画像を大きなモニターに映し、コーヒーを飲みながら三人で書物の解読を始めた。

 その書物は古いキリシタン関連の内容が書かれていると思われたが、肝心の部分が記号になっていた。読み取れる部分には日常的なことが多く、日記であると思われた。しかし、誰のものかはまだ判明できなかった。

 

 最期のページの画像が映し出された。何かの記号が消されていた。

 

「真希ちゃん、キミだったらどう読む? 例えば、記号がカタカナに当て嵌まるとしたら」

 

「えっ? この記号がカタカナですか……そうですね。うん。ル・ゲ・ミ。それを消したんですかね?」

 

 私は当てずっぽうに答えた。

 

「えっ、ちょっと待って。この記号、ルゲミ、っていうのは……あ、これって"ミゲル"の逆さ読みだわ。もしかして、ここに書いてあったのは"ミゲル"で、それを消したのかな? ええっと、千々石ミゲル、その人もキリシタン関連で有名だし……もしかして、これって千々石ミゲルの日記じゃない! 新谷さん、あなた、天才よ!」

 

 由紀子さんが突然声をあげた。

 

「確かに、これはミゲルなら辻褄が合うね。これを応用して他の記号も解読できる。真希ちゃん、よく気がついたね。大発見だよ!」

 

 澄川先生も驚きと賞賛の表情で言った。

 

「えっ、本当ですか?」

 

 私には大発見などした意識はなかった。 

 

「これで新たな研究が始まるわね。千々石ミゲルに関する研究はまだまだ謎が多いから、これが手がかりになれば素晴らしいわ」

 

 由紀子さんが目を輝かせて言うと、優雅にコーヒーを啜った。

 

「うん、これから忙しくなるぞ!」

 

 澄川先生もコーヒーを持って微笑んだ。

 

「そうですね、お役に立てて良かったです」

 

 私は未来に思いを馳せながらコーヒーを飲み干した。

 

 今日の一言:

 澄川先生と由紀子さんの役に立てて良かった。千々石ミゲルという人は、織田信長の時代にローマに行った天正遣欧少年使節の一員ということだけど、よく知らないから今度調べておこう。

 

 次の日の予定:

 明日は千々石ミゲルについての基本情報から探ってみよう。彼のローマでの活動や帰国後の影響など、何から何まで調べなきゃ。希望と不安が入り混じるけど、楽しみでもある。

  

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