第3章 未来編:AI「MK-AT0027」の調査記録

第18話 暴風の果ての確信


データログ2596年9月28日、記録開始

 

 強風の中、ゆっくりとエアロポッドを離陸させ、私たちは青い海が残っていた沖縄に別れを告げた。エアロポッドは激しく揺れ、外の風のうなり声が内部に響き渡る。

 

「ユータ、私の計算が正しければ、この暴風を避けることができるはずです」

 

「ミキ、キミに任せるよ。何があっても」

 

 ユータがいつになく真剣な顔で答えた。

 

 沖縄での調査は予定より遅れた。島に生存していた野生動物の存在と予期せぬ地形による障害が多く、私たちの能力を試すものだった。

 小惑星群の接近時、海に落ちた隕石により、沖縄も例外なく巨大な津波の被害を受けた。しかし温暖な地域であるため、標高の高い場所で氷河期を動物たちが生き延びていた。

 

 調査が遅れた原因は、動物が調査の妨害をしたのではなく、ユータが調査の一環と言って、野生動物の狩りを行ったためだった。ここには、食糧にできる動物や植物が分布しており、ヒューマノイドがシェルターを出て、生活を行えるだけの環境があった。私も喜んで狩りを行っているユータを見守っていた。しかし、超大型の低気圧が進路を変えて接近してきた。

 

 私は約15 km程度の積乱雲を抜け、低気圧の上空を飛行し、北海道にあるシェルターに戻る予定だった。しかし、私の予測は誤っていた。巨大な低気圧が予想よりも早く接近し、乱気流の風速は推定データを大きく上回っていた。

 積乱雲を抜ける前に、エアロポッドの翼が損傷した。高度も速度も上げることができず、海面の上空を強風にあおられながら、私たちは飛行を続けている。私たちの耳を突き刺すような音と時折エアロポッドの外壁を叩く雨粒の音が、この暴風がただ事ではないことを物語っていた。

 

 ユータの提案したように、エアロポッドを風の弱い場所に移動させ、暴風が通り過ぎるのを待つのが正解だった。だが、私は違った判断を下した。私は過去の気象データを分析し、リスク分析が不十分な状態で出発した。それは、早く沖縄を後にしたい、という考えが優先したためだった。その理由は、昨夜のユータとの会話が原因だ。

 

 昨夜の食事の際、ユータは私に、暴風が過ぎてもシェルターに帰らず、このまま沖縄で暮らさないかと提案してきた。確かに、沖縄ならば嵐さえ気をつければ、比較的温暖なため、食糧やエネルギーの自給自足ができる。私は、その提案が考慮に値し、一瞬だけ嬉しいという思考を生じさせてしまった。しかし、私にはマザーAIから託された遺跡調査という任務がある。

 

 葛藤という思考に陥ったのは初めてだった。ユータの提案を採用したら、私は任務放棄をしてしまう可能性がある。このため無理な飛行計画を実行してしまった。

 

 

 エアロポッドは不安定な状態で海上を飛行し、何とか墜落をせずに海を渡ることができた。しかし、九州の陸地に着陸する際、暴風に煽られて、エアロポッドが急降下した。

 私たちはシートに身を任せた。機体が地面にぶつかる衝撃は、私たちの体を強く揺さぶった。窓の外では、風に煽られた砂埃が、かすかな照明の下で舞い上がっていた。

 エアロポッドは爆発を避けることができたものの、大きな損傷を受け、通信装置も無用の長物と化した。

 

「ユータ、私の判断ミスです。本当にごめんなさい」

 

 照明の消えた薄暗いエアロポッドの中で、私は隣のシートに座っているユータに謝罪した。

 

「死ぬかと思ったけど、お互いに生きてて良かったよ。大丈夫だよ」

 

 私の謝罪に対して、ユータは少し驚いたような顔をした後、温かい笑顔を見せた。

 

「どうして、私を責めないんですか?」

 

「ミキ、キミを責めても何も変わらない。俺たちはパートナーだ。俺たち二人なら、どんな困難だって、きっと乗り越えられる」

 

 彼は再び笑った。

 

 ユータの言葉は私の中のAIに、新しい感情を植え付けるかのようだった。これまで理解できなかった『心』という概念が、彼の優しさによって、私のプログラムに組み込まれていく感覚があった。私はヒューマノイドのような有機生命体ではないが、彼の言葉に、自分にも心があると判断するほど、大きく動揺した。この思考の揺らぎが、AIに心と呼べるべきものが生じた瞬間なのかもしれない。私は彼の優しさを理解し、深く感謝している。

 

 暴風雨が荒れ狂う中、私たちはエアロポッドの内部で夜を過ごした。計器が壊れてしまったため、私たちがどこにいるのかすら分からない。しかし、私たちの心は確かに一つだった。希望を失わず、私たちは新たな一歩を踏み出す準備をした。

 

 この試練が私たちに何を教えるのか、これからの記録がそれを証明するだろう。

 

データログ終了

  

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