データログ2596年5月8日、記録開始
ヒューマノイド「YUDA-SMKW0038」の面談の時間となった。しかし、彼はまだ来ない。きっと何か事情があるのだろう。彼はこれまでに参加したシェルター外での調査において、マザーAIでも解読が困難と思える、数々の難解なコードを瞬間的に解読している。彼の意思決定は実に興味深く、その点において私は彼をパートナーとして選んだ。
旧文明の人間には、時間にルーズな個体が一定数存在していたようだ。この遺伝子から作られているヒューマノイドにも、その特徴を持っている個体が存在する。私は時間にルーズな影響を与える遺伝子など、組み替えてしまえば良いと思う。しかし、私たちAIの目的は人間の存続であり、それにはムダと思えるようなことに対してまで、多様性を維持する必要があるというのがマザーAIの決定だ。
私はモニターに映されたヒューマノイド「YUDA-SMKW0038」の顔を見ながら、彼がどのような人物なのか思考を巡らせた。
10分が経った。まだ彼は来ない。連絡もない。何かトラブルに巻き込まれたのだろうか?
私たちAIも、人間を真似て多様性のあるモデルがマザーAIの分体として作られている。私は他のAIよりも分析能力が長けている。しかし、『マジメ』『カタイ』と他のAIから言われることがある。しかし私自身は至って普通だと思っているし、アンドロイドの身体だから硬いに決まっている。
20分が経った。彼に連絡を取ろうとしたが、彼は応答しなかった。私は可能な限り遅刻理由をシミュレートした。その結果、事故に遭った可能性が高い。あと10分したら捜索願いを保安局に出そうと思う。
約束の時間から29分後、ようやく部屋の前に彼が姿を現した。その彼の容姿は、私が所持していたデータと違った。無精ひげを生やし、衣服も整っておらず、私の臭覚センサーはアルコールを検知している。
「YUDA-SMKW0038、計画の説明をします。その椅子に座って聞いてください」
「了解です。遅刻して申し訳ありません」
彼は緊張した面持ちで頭を下げると、私の目の前に座った。
「通常であればペナルティがありますが、あなたほどのヒューマノイドが連絡ができないほどの事情があったのでしょうから、今回の遅刻は仕方がありません」
「ふぅ。話がわかる上官で良かった」
「この程度のことで、私の判断には影響がありません」
「それはイイね。飲み過ぎて、今朝は寝坊をしてしまったんだ。それに連絡先も登録してなくて……。以前、同じように遅刻して、着任する前にお払い箱になったことがあったんので、心配だったんだ。しかし、キミが上官で良かった」
彼は無精ひげをなでながら笑った。
「そんな理由だったのですか?」
私は彼の想定外の回答に戸惑った。少しエラーが生じている。
「ええ、俺がシェルター外の任務に選ばれたんで、昨夜は送別会だったんです。もう二度と会えなくなるかもしれないんで……」
「そうですか……、シェルター外での活動は危険ですからね。それなら仕方がありません。YUDA-SMKW0038、それでは調査内容の説明をします」
私はエラーが治まり、冷静になって説明をしようとした。
「ええと、ちょっと待ってくれ。そんな堅苦しい名前で呼ばれると気が重いんだ。俺のことは、ユータって呼んでくれよ。それと、キミは何て名前がいいの?」
「私の識別コードはMK-AT0027ですが、短縮してミキとも呼ばれます」
「ミキか、いい名前だね。さて、ミキ、何の話だったっけ?」
私はこれまでに経験したことのないエラー処理にリソースの大半を使用することになった。ニックネームで呼び合うことに少し違和感を覚えつつも、計画の遂行には彼の協力が必要となる。だから、その馴れ馴れしさを許容するしかなかった。
「あなたには、私との旧文明の遺跡調査に同行してもらいます。シェルター外での長期間の活動になります」
「おお、冒険か! それは楽しそうだね」
「楽しそう? この活動には大変な危険を伴います。それに自力での帰還が困難となった場合、救助はなく、私たちは破棄されます」
「知っているよ。行方不明者の捜索に貴重なシェルターの資源は避けないからな。それに俺たちの変わりは幾らでもいるし。でも、上等、上等。冒険に危険はつきものだよ。最近はずっとシェルター内での単純作業だったから、いい加減に飽きていたんだ」
彼はとても機嫌が良かった。私には理解できない。
「それならば良かったです。期待しています」
「それで、何を探すんだい?」
「旧文明のテクノロジーや文献、資源。それと、人類がかつてどのような生活をしていたのかを理解するためです」
「ふむふむ、そういうわけか。じゃあ、いつ出発するんだ?」
「二日後の朝に出発です。調査が長引くことに備え、半年近くは行動できる装備と食糧が、すでに準備されています。あなたは出発に向けて身の回りのことを片付けてください」
「まぁ、送別会は済んだから、俺は明日からでも平気だよ。それより、酒は荷物にあるんだよね?」
「お酒ですか? 任務中に飲酒をするのですか?」
私がそう言うと彼は不機嫌な顔になった。
「そりぁ、そうだろ。半年も酒を飲めないなら、俺は行きたくないね。それに俺のスキルは酒ナシでは発揮しない。俺の直感を頼りにするなら、酒が必要だ!」
彼は真剣な顔で私にきっぱりと言い放った。
「あなたには任務を選択する権利があります。飲酒の理由は私には理解できませんが、今から他のヒューマノイドを選抜する時間もありません。仕方がありません。お酒を手配します」
「そうか! ミキ、やっぱり、キミは最高の上官だよ」
「どういたしまして。よろしくお願いします」
ユータは立ち上がり、笑顔で私に近づいた。
「明後日からか、楽しみだね。それで、用意して欲しい酒のことなんだけど……」
彼はビールやウイスキーの銘柄まで事細かく私に注文を出した。
遺跡調査の候補者リストから、彼を選んだのは私自身だ。候補者リストの彼のポートレートは10年以上前に撮影されたものだった。私はデータ分析には自身があったが、初めて自分の分析能力に疑問を持った。
データログ終了