雪姫と一緒に過ごしたクリスマスの時間を終え、旅館に戻った後、夕食の時間まで部屋で過ごした。夕食会場に行くと、前日と同じように男女のグループが隣にいた。彼らの会話が偶然耳に入ってきた。
「今日もコスプレの女の人が滑っていたよね?」
「うん。でも、今日は連れがいなかった?」
(ドキッ! しかし、着替えているから僕だとは気づかれないだろう……)
「相手はスキーヤーだったけど、パークでのジャンプは凄かったよね」
「あれは半端ないよ。あのキッカーの大きさで、ダブルコーク1080まで回すなんて、相当なレベルでしょ」
「お似合いだったね。コスプレのモデルとプロのスキーヤーかな? 映えていたよね!」
(……恥ずかしい。そんな風に見られていたんだ……。こっちは全然余裕がなかった……)
――
夕食後、僕は正体がわからない雪姫のことを考えていた。一番高い可能性は、何かの撮影のため、スキー場でジャンプする人材が急遽必要になっているケースだろう。スタントマン自体は大勢いても、スキーができる人材は限られる。映画やテレビ番組の撮影であれば秘密も多い。しかし、スキー場に先乗りをしていた若手の役者に過ぎない彼女は、僕への依頼を独断で決められない。後から来る他のスタッフに相談する必要がある。
彼女に対しての既視感は、髪の色が京都で以前会った女性と同じだからだろう。
(このスキー場には雪女や雪ん子の伝説があるから、その特集でもするのかな?)
そのそんなことを考えながらクリスマスの夜は更け、いつしか失恋の痛みを忘れ、心が軽くなっていた。
――
色々と考え込んだクリスマスの夜は明け、快晴の朝を迎えた。彼女がなぜ僕のような人物を探していたのかの理由は、色々想像できても正確にはわからない。だけど、せっかく出会えた相手であるから、可能なことなら協力しようと決めていた。
彼女が僕に特別な感情を抱いているわけではないけれど、自分にとって彼女は、推したい相手になっていた。
スキー場のリフト券売り場前が、雪姫との待ち合わせ場所だった。約束の時間が遅めだったので、僕は少し滑ってからその場所に向かった。まだ約束の時間前だったが、ゲレンデの上部から滑り下りてくる彼女の姿が見えた。どうやら彼女も待ち合わせ前に一人で滑っていたらしい。
「雪姫、おはよう」
「おはよう、アキラ」
「あれ? 今日はそらを連れていないの?」
僕はぬいぐるみがスノーボードに乗っていないことに気づいた。
「うん。今日は色々とあって、そらを連れてこれなかったんだ」
(ん、ぬいぐるみの都合?)
少し疑問に思ったが、軽い会話をしながらリフト乗り場に向かった。
――
「アキラは……私が、人を探していた理由を知りたいんだよね?」
二人でリフトに乗っていると彼女が訊ねてきた。
「うん、教えてほしい」
僕がそう答えると、明るい彼女は真剣な顔つきになった。
「じゃあ、話すね。実は……明日、私のお母様が主催する大きなイベントがあるの。そのイベントでジャンプをしてくれる人を探していたの」
「えっ……。てっきり、このスキー場で何かの撮影があって、ジャンプをするスタントマン代わりに、僕が必要なのかと思っていたよ。それで、具体的にはどんなイベント? 昨日のようなジャンプでいいのかな?」
「ジャンプは、昨日みたいにクルクルしてくれれば、みんな喜ぶと思うの……。でもサプライズのイベントだから、詳しくは言えないの……ごめんなさい」
「お母さんが主催って、もしかしたら雪姫の家族って、スキー場の経営者?」
「ちょっと違う……けど、それに近いよ」
「僕は選手じゃないし、プロでもないから、もし大きいイベントなら、選手かプロを頼んだ方がいいんじゃないの? 僕なんかでいいの?」
「アキラにジャンプをして欲しい。昨日、アキラと巡り合えて、本当に良かったと思ったよ」
「ジャンプは、必ず成功するってわけではないけど……」
「もし、ジャンプに失敗しても危険がないように、ちゃんと手配するから、お願い、アキラ……力になってくれない?」
縋るような瞳で見つめられたら、もう断りようがない。
「うん、じゃあわかった。――飛べばいいなら、飛んでもいいよ」
「ありがとう、アキラ。本当に優しいね!」
想像していた何かの撮影とは違ったが、ジャンプをしてほしい理由はわかった。このスキー場で何かのサプライズイベントがあり、彼女の衣装や行動がサプライズの一部であるのなら、今までの彼女の行動が納得できる。彼女の衣装やウサギのぬいぐるみは、この地域の雪女の伝説を彷彿とさせる。
イベントの詳しいことは午後から教えてもらうことになり、僕たちはパークエリアでスキーとスノーボードを楽しんだ。午前中は快晴で風もなく、絶好のジャンプ日和だった。
(きっと、イベントでもここで飛ぶことになるのだろうな――)
彼女のリクエストに応え、持っている技を全て披露した。彼女の笑顔を見ると、この出会いに感謝の気持ちが込み上げてきた。今日の一日は、僕の心に深く刻まれることとなるだろう。
つづく