雪が激しく降り出し、視界も次第に悪くなってきた。深い森の中に取り残されてしまった僕は、心が絶望でいっぱいになり、このまま遭難してしまうのではないかと本気で思った。
そんな時、誰かに声をかけられたような気がした。振り返ると、そこには大きな蓑を頭から被った小さな子どもが立っていた。蓑から覗いて見える髪は、凍りついているのか、とても透明感があった。
(雪ん子?)
僕は親から聞かされていた、この地域の伝説を思い出した。雪ん子は雪の精霊として知られ、迷った人々を助けると言われていた。その子の姿は幻想的で、その伝説そのものだった。
『迷子なの?』
その子が訊ねてきた。
僕が頷いたのを見て、その子は笑って僕の手を引いた。手を引かれながら、僕はその子に森の外へと導かれることを疑わずに信じた。僕が導かれている間、奇妙なことに森の中にはウサギなどの小さな動物たちが集まってきていた。動物たちは、その子の周りを興奮気味に飛び跳ねたりしていた。それは、動物たちがその子を歓迎しているように見えた。
森の外に出ると、そこは整備されたスキー場のコースだった。突然、その子が止まり、僕に耳打ちした。
『もう大丈夫だよ。でも、内緒だよ」
僕はお礼を言おうとしたが、振り返ると蓑を被った子どもの姿はどこにも見当たらなかった。あの子が何者だったのか、真実はわからない。ただ、あの時の出来事がなければ、今の僕はここにはいなかったかもしれないと、心の底から感じている。
待ち合わせ時間から大分遅れて家族と再会した時、家族はとても心配していて、僕は酷く怒られた。僕は遭難しそうになり、不思議な子どもに助けられたことを話したが、家族は半信半疑の様子だった。この山には、雪女や雪ん子の伝説や伝承が多いので、僕は雪ん子に違いないと思ったが、あれから一度も会っていない。
その遭難未遂から、僕はいつ遭難しても良いように、親から軽量で最低限の冬山装備をバックパックに詰められて持たされるようになった。多分、注意をしても、勝手に行動してしまうと思われていたからだと思う。
小学校高学年までは、妹と一緒に基礎スキーの検定を受けて級別のバッジをもらうのに夢中になった。その目標の達成後は、僕はフリースキーに足を踏み入れた。フリースキーでは、ゲレンデのパークのキッカーというジャンプ台を飛んだり、ジブという障害物の上を擦って滑ったり、ハーフパイプを滑る。
ある日、家族で訪れたゲレンデで、僕は初めて大きなジャンプに挑戦した。ドキドキしながらも、スピードを上げ、ジャンプ台を飛び越えた。しかし、着地をミスり、雪に大きく埋まってしまった。その時、妹が笑いながら駆け寄り、僕を助け起こしてくれた。
『大丈夫? でも、すごかったよ!』
周りのスキーヤーやスノーボーダーたちも停まって心配そうに見ていたが、妹の言葉で一安心した。妹の笑顔と励ましの言葉に、僕はジャンプの失敗よりも、その瞬間の幸せを強く覚えている。
それまでの基礎スキーとは違い、型に嵌まらないスキーは面白く、僕は夢中になって練習した。一方、妹は徐々に練習をしなくなった。
『スキーばっかりじゃ、学校の友達と遊ぶ時間がない!』
妹はそう言ってスキーから遠ざかっていった。僕の方はフリースキーが楽しくて練習を続けたが、それも高校1年の冬までだった。
――◆
部屋に一歩足を踏み入れると、ふと感じた懐かしさが心を包んだ。荷物を整理し終えた後、僕はカーテンを開けて、部屋の窓から真っ白な山を見た。ふと、美しい雪景色の窓の外で、何かが動く影に気がついた。
(うわ、デカッ!?)
網戸に巨大なカメムシが止まっているのを見て、僕の心臓は一瞬止まるほど驚いた。こんなにも大きなカメムシを見るのは初めてだった。僕は慌ててテレビの横にあるスプレー缶を手に取って、窓ガラスを慎重に開けて、網戸に向かって殺虫剤をかけた。あっという間に、網戸からその巨大カメムシは地上へと落ちていった。
(退治成功! あー、本当に驚いた。そういえば、前回来たときには押し入れに一匹いたな、こんなに大きいカメムシではなかったけれど……)
僕は窓を閉め、そのガラス越しに雪山を眺めながら、2年前にこの旅館に訪れた時の思い出を、大きなカメムシでかいた冷や汗と共に思い返していた。
つづく