ぼくの行動範囲は家の周りの細い通りと裏にある大きな倉庫の敷地だけだった。自分の足で道路を渡ったことは一度もなかった。
道路には沢山の自動車が走っている。自動車が怖い存在だと言うことは家族みんなから聞いて知っている。離れて見ているだけでも怖かった。
ぼくの足は速いし誰よりも高くジャンプができるけれど、自動車はもっと速いしぼくが飛び越えられる大きさではない。
でも母親にも会ってみたい。ぼくはどうしようか迷った。
「ねえ、チョコ姉さんは道路を渡ったことある?」
「どうしたの急に?」
「ちょっとね」
チョコ姉さんには母親のことを言わなかった。
「まあいいわ。あるわよ、道路を渡るのなんて簡単よ」
「本当?」
「ええ。わたしは一度は失敗して片目を失ってしまったけど、コツを覚えればどうってことないのよ」
「どうすればいいの?」
「わたしはじっとしていたから車に撥ねられたの。もし道路で自動車が向かって来たら、じっとしていないで逃げなさい」
ぼくはチョコ姉さんから道路の渡り方と自動車が来た時の逃げ方を教えて貰った。
道路の前に来るとやっぱり怖かった。だけど勇気を出して道路を渡った。そして母親を探した。母親はぼくと違い真っ白で毛がフサフサで綺麗らしい。
ぼくは大きな立派な家の前に来た。その二階の出窓に白い姿があり、ぼくは直ぐに母親だと分かった。でも、ぼくは気付いて貰えなかった。
それから何度かぼくは通った。そしてある日、その家の庭で会うことができた。
「こんにちは。暖かくって良い天気ですね」
「こんにちは。あなたは?」
「ぼくはひゅうまって言います。あの、ぼくが誰だか分からないですよね?」
すると少し考えてから顔を近付けてぼくの身体を嗅いだ。
「もしかしたら、あなたは私が産んだ子供なの?」
「そうです」
「大きく立派になったのね」
と優しく言った後で、ぼくの身体を舐めてくれた。
が、しばらくして態度が変わった。
「ここはあなたが来るところではないの。あなたの家に帰りなさい」
ぼくを冷たく突き放して大きな家に入ってしまった。
家に帰り、そのことをコロおじさんに話した。
「本当のお母さんはぼくのことを嫌いになってしまったのかなぁ?」
「そうではないと思うよ。幾ら子供が大きくなっても自分が苦しんで産んだ子供なんだから」
「じゃあ、どうして帰りなさいって言ったの?」
「ひゅうま、キミはもう私たちこの家の家族の一員だ。産んでくれたお母さんには別の家族や別の暮らしがある。ケジメをつけたんだよ」
「じゃあ、ぼくが嫌いなんじゃないんだ」
「そうだよ、ひゅうま」
そして、ぼくはそれからも時々道路を渡ってこっそりと母親の様子を離れたところから見ていた。
そんな時、ぼくは道路の横断中に自動車に撥ねられた。