気が付くと私はベットの上で寝ていました。ただ見慣れた自分の部屋ではありません。私はまだ夢なのかと思いましたが、隣にはベットが二つ並んでいて、セキナ姉さんと今にもベットから落ちそうなセオリさんが寝ていました。
「おはよう」
私は目を開けたセキナ姉さんに声を掛けました。
「おはよう。コノハ、早起きね」
「姉さん、ただいま」
「えっ、ただいまって……」
セキナ姉さんは布団から起き上がりました。
「どうしたの? こんな朝早くから」
セオリさんが目を覚ましました。
「セオリさん、おはようございます。やっと目が覚めました。私の中にいたアキは戦国時代に帰りました」
私は二人にそう答え、部屋のカーテンを開けました。窓の外には川場村のホテルの庭が広がっています。
セキナ姉さんとセオリさんは私のことをとても心配してくれていたようで、とても喜んでいます。私たちは着替えた後で朝食会場に向かいました。
「コノハさん、おはよう。気分はどう?」
テーブルには鏡の泉で私の手を引いてくれた男性が先にいて、私に声を掛けてくれました。
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「おはようございます。すっかり元気です。鏡の泉では手を引いてくれてありがとうございました」
私は席に着きながらそう答えました。ついさっきまで一緒だったので不思議な感じです。
「良かった。今度は本当のコノハさんなんだね。鎌原村では、飲み過ぎてゴメン」
「あれは道澄さんに飲ませた輝虎様や千代女さんがいけないですよ。そうだ。セオリさん、昨夜はどんな夢を見たか覚えていますか?」
私はセオリさんに話を振りました。
「昨夜の夢? うーん、殆ど覚えていないんだ。でも、コノハと夢の中で会って、一緒に旅に出て、楽しい夢だった気がする」
セオリさんが答えてくれました。
「セオリさんって、その夢の中でもお酒を沢山飲みませんでしたか?」
「飲んだかも知れないけど、もしかして私も同じ夢を見ていたの?」
「どうします?」
私は夢の中で道澄さんだった彼に訊ねましたが、答えに困っていました。
「私って活躍したの?」
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「活躍したと言えばそうかも。刀を構えるとカッコイイけれど、私を助けてくれた道澄さんのことが大好きで、やきもち妬きで、お酒が入るとまるでダメな人物に心当たりがないですか?」
私がセオリさんにそう言うと、少し思い出したようで顔が真っ赤になりました。
「えっ、夢に出て来た上杉輝虎が私だったの? 自分ではそんな意識が全然なかった。でも輝虎が女性なんて、ちょっとオカシイよね?」
セオリさんが言いました。
「そんなこともないですよ。上杉輝虎の女性説は聞いたことがあります。それに、この世界の歴史と夢の中の歴史が同じとは限らないですから」
道澄だった彼が応えました。
「道澄としての記憶も残っているなら、夢の中の上杉輝虎様はどんな人物でした?」
私は彼に訊ねました。
「夢の中で道澄の記憶を思い返した限りでは、輝虎殿は生まれながら身体に傷があって幼少の頃から四男として育てられたようです。ただ、実の父から疎まれて6歳でお寺に入門し、父が亡くなった後で家臣に担がれて還俗し、争いを治めるために武将の長尾景虎として生きることを決意したそうです。最強と言われる割に争いを好まず、優しくて義理堅く、大酒飲みなのが欠点の方ですね。それに、好みは…」
彼はそう話しを続けようとしました。
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「あのー、輝虎のことは分かったから、余計なことは話さなくていいから」
セオリさんが彼に釘を刺しました。
その後も私たちは朝食を頂きながら、とても長い夢のことを話しました。大抵の夢は起きて暫くすると殆ど忘れてしまいます。ですが、この長い夢の中での出来事を私は忘れたくないと思いました。
ホテルの向かいには川場村の歴史民俗資料館があり、私たちはチェックアウトするまでの時間を使って資料館を見学することにしました。資料館には川場村や沼田周辺に関する文化財や民俗資料が数多く展示されていました。
その建物は川場尋常高等小学校の校舎を移築したもので、天上部分は世界遺産の富岡製糸場と同じ工法で作られているそうです。
私たちは館内を見学した後で、資料館のある川場村中央公園を散歩して、名主の館など古い建物を見て回りました。
「餓鬼や悪霊を操っていたのは諏訪大社に祀られている蛇神でしたけど、河口湖で私を襲ったのも諏訪大社に縁がある者たちでしたよね」
私は歩きながら彼に訊ねました。
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「そうだね。鬼は武田信玄に敗れて鵜の島に幽閉された諏訪大社に関わりのある知久頼元親子だったし、操っていた弁天様の豊玉姫も水の神で龍蛇だから河口湖の夢と共通している。豊玉姫は夢の中で消える前に『またどこかでお会いしましょう』って言っていたから、もしかしたら今回の夢とも関りがあるのかも知れないね」
「不思議ですね。諏訪に行ったら、何か分かるんですかね?一度、みんなで諏訪大社に行ってみたいですね」
「えっ、今度は諏訪に行くの?」
セオリさんが話に加わって来ました。
「それなら次は私もみんなと同じ夢を見たいな」
セキナ姉さんも加わりました。
「でも、どうせ夢を見るなら、私も明晰夢を見たいな。ただの夢だと実感がないし直ぐに忘れちゃうから」
セオリさんが言いました。
「でも、私みたいに戻って来れなくなるかも知れませんよ」
「それは大丈夫じゃない。いざとなれば頼りになるガイドがいるし」
セキナ姉さんが彼の方を見ながら言いました。
「ははは。ガイドって言われても……」
彼は苦笑いをしていました。