ふと玄関の辺りに気配を感じた。お父さんが用事で出掛けるみたいだった。ぼくはソロリと起き上がり玄関まで歩いた。
「お父さん、ぼくも外に出る」
お父さんはぼくに気が付いて玄関で待ってくれた。ぼくはお父さんと一緒に外に出た。
「ひゅうま、身体が悪いんだから直ぐ家に入るんだよ」
そう言ってお父さんは出掛けて行った。
久々に外を歩いた。地面の感触が気持ち良い。そして気晴らしにいつも明るいハナの小屋に向かった。
「ハナ、起きてる?」
「ひゅうま、外に出て大丈夫なの?病院に行って来たんでしょ」
ハナが小屋の奥から出て来てくれた。
「ああ、なんとかね」
「具合はどうなの?」
「うん、お腹に水が溜まっていたみたいでチューブを挿して水を抜いたけど、完全には治らないんだって」
ぼくはそう言ってお腹の傷を見せ
「それに、今年の夏が来たら17歳だって言うのに、先生に人間なら85歳を過ぎているって言われちゃったよ」
と冗談っぽく続けた。
ハナには「失礼な先生ねぇ」とか笑い飛ばして欲しかったけれど
「そうなの。これからは十分に身体を労わってね」
としんみり言われてしまった。なんだか余計に気持ちが暗くなった。
「ハナまでぼくを年寄り扱いしないでよ。昔より老けてしまったけど、そんなに簡単に死なないよ」
「そうよね、ごめん。そうだ、今度、家族みんなで旅行に行くみたいで、私も一緒に連れて行って貰えるらしいの」
「そうなんだ。でも自動車に乗るんでしょ、平気なの?」
「トラックの荷台だったら絶対に嫌よ。でも、ちゃんと中に乗せてくれるのなら行ってみたいな」
「ふぅーん、ぼくは別に旅行なんて行きたくないや。この家に居るのが好きだしね」
「ひゅうまは一人になるけど大丈夫?」
「大丈夫だよ。慣れているし、ご飯と寝床さえあれば一人の方が気楽だしね」
そう言ったけれど、直ぐに自分だけになるのが寂しくなった。身体の調子が良くないから余計に不安だった。
雲が出て来て空はどんよりとして来た。北から冷たい風が吹いている。ハナの小屋の前から離れに続く物置の階段を見上げた。
ぼくは階段を上り掛けた。離れの入り口までが以前より険しくて遠くに見える。ドアは閉められたままだった。何段か上って足を止めた。
寒くなって来たので母屋に戻ろうとしたが玄関は閉められていた。ぼくは勝手口に回った。壁の向こうにお母さんの気配がした。
勝手口のドアの外から台所に向かって声を上げた。
「ひゅうまだよ。帰って来たよ。開けて!」
するとお母さんがドアを開けてくれた。
「ひゅうま、お入り。寒かったでしょう」
「ただいま。ねえ、今度ぼくを置いてみんなで出掛けちゃうの?」
お母さんは聞き間違えたのか勝手口でぼくに牛乳をくれた。ぼくは牛乳を少し飲んでからお母さんの顔を見上げた。
「ねえ、お母さん、ぼくはもうじき死んじゃうの?」
お母さんは何も答えてくれなかった。