雨曝しで穴だらけの古びた鉄製の階段を上り、手すりの隙間から屋根に飛び移り、僅かに開けてある東側の窓から中に入る。

 

 ぼくだけの入り口がある物置の上の小さな離れ、昔はお兄さんとお姉さんの部屋だったけど、今はぼくのだけの部屋になった。


 部屋の奥には大きなタンスがあって、その上がぼくのお気に入りの場所だった。部屋の南側と東側には窓があり、風通しが良く日当たりもとても良かった。


 カーテンが開けたままだから夏の昼間は暑くて居られないけれど、窓からは遠くの山や忙しく働いている人たちが見えて一日ゴロゴロしていても退屈しなかった。

 

 だけど、ぼくは少し前から屋根に飛び移ることができなくなった。以前は軽々と飛べたけれど段々と飛び移るのがギリギリになった。
 そして最後にぼくが飛び移った時、上手く飛べなくてお腹が引っ掛かってしまった。屋根に手を掛けたまま助けを呼んだ。


「誰か助けて!」


 下にいるハナが吠えてお母さんを呼んでくれた。


 以前だったら失敗しても地面に飛び降りたと思うけど、その時には怖くてしがみつくのが精一杯だった。


「ひゅうまは屋根から入るのはもう無理ね」
 とお母さんがぼくに言った。

 

 それからぼくは昼間は外で過ごし、夜になるとお母さんに連れられて離れの部屋に入り、朝になるとお母さんに離れのドアを開けて貰うようになった。


 お母さんが出掛けていたり、お母さんがドアを開けるのを忘れると、ぼくは一日部屋の中だった。


 だけど部屋にはご飯やトイレがあったから外に出られなくても特に困らなかった。それに窓からお母さんが出かけるのも帰って来るのも見えた。


 たまにお母さんが遠くに出掛けてしまい何日も閉じ込められる時だけは寂しかった。他の家族が様子を見に来てくれることはたまにしかない。

 そんな時にはハナだけがぼくの話し相手だった。離れの階段下にはハナの小屋があった。姿は見えないけれど部屋から声を掛ければ応えてくれる。


 ハナが来たばかりの時には馴れ馴れしくてしつこいから嫌いだったけど、今ではハナは友達だ。彼女は明るくて直ぐに調子に乗るから面白い。
 近所に同じ仲間はいるけれど、喧嘩ばかりで友達にはなれない。家がないから可哀想だけれど、スキを狙ってぼくのご飯を横取りに来る。

 

 そんな奴等とぼくはよく喧嘩をした。ある夜、ぼくは喧嘩をしてお腹を噛み付かれた。その傷がいつまでも治らずに腫れてしまった。
 ぼくは病院に連れて行かれて薬を塗って貰い、家に帰るとご飯に薬が混ぜられるようになった。不味いご飯が何日も続いた。


 怪我をすると家族みんなが優しくなるから悪いもんじゃないけれど、塗り薬は染みるし舐めると苦いから嫌いだ。
 それにご飯に薬が混ざると不味いからもっと嫌だ。ばくが薬だけを残すと後で無理やり口に押し込まれて呑み込ませる。


「不味いから嫌だよ。やめてよ!」
 と言っても
「呑まなきゃ良くならないでしょ!」
 と叱られる。

 

 ぼくのそんな態度が悪かったのか、怪我は治ったけれど次第にお腹が大きくなって行った。そのためか身体が重くて飛んだり走ったりができなくなった。


 食欲もないしご飯は余り食べなくなったから食べ過ぎではない。去勢はしたけど男だから赤ちゃんができた訳でもない。
 そんなに痛くはないけれどお腹が張って仕方がない。


「お母さん、苦しいよ。早く治してよ」
 お母さんはぼくを母屋の縁側に寝かせるようになった。


 階段の上り下りは大変だけど、ぼくは自分の部屋で過ごすのが好きだった。
 ぼくの部屋は見晴らしが良いし暖かい。母屋の縁側からは庭しか見えない。退屈だった。ぼくは身体が良くなるのを丸くなって待っていた。


 だけどぼくの身体は良くならなかった。

 

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