翌朝、私がセオリさんにコノハさんの夢を見たと連絡すると、折り返し電話が掛かって来ました。私はセオリさんに夢の中でのコノハさんの様子と蛇神の呪いで眠り続けているアキさんという少女のことを伝えました。
「ありがとう。コノハが夢で見たことって、このことだったんだ」
「蛇神を倒せば、アキさんが目覚めて、本来のコノハさんが戻って来れるかも知れない。だから事前に居場所や倒し方を調べた上で同じ夢を見ようと思っています」
「そうか。キミは自分の意志で夢が見れるんだったね」
「まぁ、必ず同じ夢が見れる訳ではないのですが……。今回もコノハさんの夢をなかなか見ることができませんでした」
「それなら河口湖の時のような状況になればいいのかな」
「そうですね。一緒に行動をすると夢にも影響があるので同じ夢を見る確率は上がると思います」
「分かった。セキナと相談してみる」
私たちは冬の初めに同じ宿を予約してスキー場で合流することにしました。ただ、その前に鏡の泉のことや、蛇神がどこにいて、どうしたら倒せるのか調べる必要があります。
コノハさんは私に、高校時代の夢を見ている時に横山丘陵の鏡の泉を通って戦国時代に来たと話しました。私は電話を切った後、直ぐに鏡の泉のことを調べました。
横山丘陵の辺りは室町時代中期に照手姫の乳母の日野金子が住んでいたと言われており、それから日金沢という地名になったそうです。しかし以前は『彼岸沢』とも呼ばれていたようなので、鏡の泉とも関りがあるように思えました。
単純な夢であるならば、鏡の泉など無視して身体の方を刺激して目覚めさせれば良いと思います。が、コノハさんは夢の中で更に時代を超え、コノハさんの身体にはアキさんの人格が宿っているようです。このため、絡み合ったものを順を追って紐解く必要があると思いました。
私は鏡から別世界に行く逸話やおとぎ話を調べ、『合わせ鏡』や『鏡の呪文』が切っ掛けとなったり、鏡に映った相手から『手を引かれる』など、幾つかのパターンを整理しました。
コノハさんは何度泉に入っても戻れなかったと言っていました。『泉に入るだけ』では戻れない。それならコノハさんが戦国時代に行った切っ掛けと逆のことをすれば良いのでは、私はそう思いました。
コノハさんを戦国時代から高校時代の夢の世界に戻すために、試すべきことは分かりました。次はアキさんを目覚めさせるために蛇神をどうするかです。
道澄の記憶では、最初に相模川の小沢の船渡し場の近くの神社で有鹿姫の霊と遭遇しています。その神社は諏訪大社を総本社とする全国に約25,000社もある諏訪神社の一つでした。ただ、諏訪神社の祭神は古事記に出て来る建御名方神《たけみなかたのかみ》とその妃の八坂刀売神《やさかとめのかみ》で、人間を呪ったり、祟る蛇神のイメージではありません。
諏訪大社の起源を調べると、元々の諏訪にはミシャグジ信仰というものがあることが分かりました。このミシャグジ信仰には祟りの伝承が幾つもあり、諏訪大社 |大祝《おおほうり》の諏訪頼重が武田に滅ぼされたことを神罰と記録した書物もあるようです。このミシャグチは天から降りて来る神秘的で霊的な力を指しているそうです。そして、全面氷結した諏訪湖に氷の亀裂の入る|御神渡り《おみわたり》の際に、そそう神という黄泉の国から来る龍蛇の姿をした祖霊神が出現してミシャグジで満たされると書かれていました。
私は龍蛇の姿をしたそそう神が気になり、他にも何か情報がないか調べると諏訪縁起という甲賀三郎伝説がありました。
甲賀に住む三郎は春日姫と契りを結びますが、春日姫が天狗に攫われて行方不明になります。三郎は兄たちと全国の山々を巡り、蓼科山の人穴で春日姫を見つけて助け出します。その際に三郎は姫が忘れた鏡を取りに穴に下りると兄に縄を切られて取り残されてしまいます。
三郎は人穴に取り残され、仕方がなく地底を彷徨って維縵国に辿り着きます。そこで維縵国の王の末娘と結ばれます。13年6ケ月後に三郎は春日姫のことが恋しくなり、維縵姫の協力を得て浅間山から地上に戻ります。
ただ地上に出た三郎は蛇の姿で、僧の力で人間に戻り、春日姫と再会しました。そして神通力を得て、三郎は諏訪大明神の上社となり、春日姫は下社、維縵姫は春日姫に歓迎されて浅間大明神となったそうです。
夢の中での道澄の記憶では、アキさんを襲ったのは白蛇でした。白蛇は弁天様の使いと言われていたり、水神の化身として諏訪神社でも祀られているそうです。しかし『一度自分の世界に帰る』と言っていたので、地上に現れた龍蛇を祀っている諏訪大社というより、蓼科山や浅間山に出入口があるという地底の世界に帰ったと考えられます。
居場所の見当が付いたら、後は水神の化身とも言われる龍蛇をどう倒すかです。私は伝説や伝承がないか調べ、直江兼続の愛刀で水の精を斬って洪水を治めたという伝説から水神切と呼ばれる上杉家伝来の『備前長船兼光』という太刀があると分かりました。その刀は室町時代初期の作で、三増峠の合戦の頃の直江兼続の年齢を考えると、その時点では上杉輝虎が所有していると思われます。
あの世界の道澄として私が明晰夢を見ている時は、イメージしたモノを具現化する力がありませんでした。河口湖の夢の中では『童子切安綱』を具現化できましたが、今回はあの世界の中で上杉家から『備前長船兼光』を何とかして手に入れる必要があります。
幸い道澄と上杉輝虎には交流があるようでした。道澄と上杉輝虎がどこまで親しいかは記憶を思い返していないので分かりません。ですが、上杉輝虎は頼っても良い存在のように思えました。